高野山行 その1

画像

今年2015年は、高野山で弘法大師空海が真言密教の道場を開いて1200年の年を迎えたとのことで、5月を軸にさまざまな取り組みが行われていました。小生宅からは片道2時間の距離で幾度となく訪れていますが、とりわけ千葉は八千代市に住む義母に、「何処に行きたいか」と尋ねると「高野山へ行きたい」との返事を繰り返したため、2度にわたって訪問したことがあります。とにかく喜んでくれた義母ですが、数年前に召されました。80歳を越える高齢だったのですが、奥の院へ向かう墓道では達者な脚で企業墓や江戸時代の列候たちの墓を立ち止まっては見つめ続けていたのを思い出しています。写真は[無縁仏]です。
http://www.koyasan.or.jp/k1200/

画像

さていつものことですが、1200年という記念行事に気付くのが遅く、5月の高野山は宿坊が満杯で予約できませんでした。後輩の某旅行社の担当に聞いてみたところ「8月のお盆の頃が狙い目ですよ」と聞き、高野山でのお盆とはどのような雰囲気なのかも知りたくてお盆の真ん中の「8月15日」に出かけることにしました。この後輩旅行社社員はなかなか有能で、外大のポルトガル語学科出身者なのですが、英語も少しだけ話せました。アテネオリンピック時のギリシャやエジプト、サンフランシスコのシリコンバレーやスタンフォード大学、コロラド州デンバー近郊の「マウンテンバレーと呼ばれたIT基地」や「ダイナソーリッジ」など、交流と視察や現地指導などの仕事上で重要な場面では必ず指名して助けていただいたことを懐かしく思い出します。ただ面白いのは、サンデェゴでポルトガルレストランに入った時の事。「英語はダメだが、ポルトガル語なら任せといて」と言っていた彼だが、まったく通じませんでした。
某近畿の外大の実力を知った瞬間でした・・・。写真は高野山の入り口でお山を護り続ける[大門]です。

画像

続く5枚の写真はお山を護る[金剛力士立像」です。
http://www.reihokan.or.jp/bunkazai/kenzobutsu/daimon.html

画像


画像


画像


画像

なかなか愛嬌のあるお顔をしていますが、胸の筋肉の張りようがバランスよく、力強さを感じます。

画像


画像

大門の道路を挟んだ正面の標識です。手書き道路標識なのですが、重要な道しるべなので「キチンとプロの手による看板」に書き換えた方がよいと思いますが。

画像

トンネル出口

画像

なかなかこの看板を見ることは少ないとおもいます。泉州の漁師たちも悪天候時は出漁中止になるのですが、お店では少ないですね。

画像

写真のように見事な杉林が続きます。和歌山県は私有林が全県の80%以上を占め、他県のような国有林が少ないのが特徴です。文字通り「紀州」は「木の国」だと思います。
http://www.wakayama-edc.big-u.jp/wakayama_hakken/pdf/section/02/05/198.pdf

画像

夏の花は鮮やかです。

この記事へのコメント

2015年08月18日 23:25
高野山は女人禁制ではないのですか?女は行っていいところといけないところがあるので気になります^^;
2015年08月19日 10:04
1872年(明治5年)太政官布告で高野山の女人禁制廃止命令が出ました。しかし実際に高野山に居住が認められたのは1906年(明治39年)でした。
現在では、外国人の女性もたくさん来られていて、空海さんと密教の考え方に興味を示す外国人の男女が多く、国際的な交流の場となっていました。
2015年08月20日 23:47
返信ありがとうございます^^
高野山や比叡山などは、行っていいのかわからなくて・・・体力があるときに行ってみたいんですよね☆w

この記事へのトラックバック

  • 「高野山行 その1 」について

    Excerpt: 「高野山行 その1 」について 1872年(明治5年)太政官布告で高野山の女人禁制廃止命がでました。しかし実際に高野山に居住が認められたのは1906年(明治39年)でした。 現在では、外国人の女性も.. Weblog: チヌの海 racked: 2015-08-19 10:01