太陽の帝国

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[ロサンゼルス]たまたま行った訪問先が有名な映画の舞台になったり、その逆で映画の舞台になった場所を訪れたりと、衰えかけている記憶に残る場面がいくつかある。

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[ガーデンブリッジと上海大廈]
毛沢東主席の告別式に参加した。1976年の9月のことだ。大阪は伊丹空港から上海へ渡った。ホテルが、かつて第二次大戦時の日本の疎開地への入り口であったガーデンブリッジを渡ったところにある「上海大廈」であった。古くてコケオドシ的な大きな建物だったが、よく訓練された従業員が揃っていた。雨のおかげで泥水が跳ねてはいていたジーパンにかかり、ホテルでクリーニングに出したら「ピシっとアイロンがかけられ」て帰ってきたのに驚いた。
さて、映画は「太陽の帝国」だ。S・スピルバーグが監督の、真珠湾攻撃ののち上海を攻撃する日本軍の姿を描いたものだが、映画の中盤に「ガーデンブリッジ」や「上海大廈」が出てくる。撮影用のセットならばきわめて精巧であり、ロケをしたのならカメラの配置位置が判別できた。

1990年5月にモスクワを訪問した。前年のベルリンの壁崩壊直後であった。聞いていたKGBの監視の眼は、空港での入国審査官の厳しさぐらいであった。物は試しと同行していた通訳に「ゴルバチョフ大統領の私邸を見たい」と申し入れたところ翌日「連れて行く」と返事があり、10人程度の警官が警護する家を訪問した。もちろん外からみるだけで、中には入れてくれなかった。この程度の警戒ならと、映画「ひまわり」の撮影現場を見たいと通訳に話すと、モスクワのとある駅前の広場に案内してくれた。映画で見た通りの場所であった。早々に駅前広場を離れた。行きたかったのは、その前年に作られた原発と原子炉消化に携わった被害者がモスクワに進出して逮捕覚悟で作られた「チェルノブイリ同盟の本部事務所」を訪ねることであった。尾行もつかず、交流もできてなかなか良い作戦であったと今思い出しても満足している。

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[ロシア外務省]
出張でのサンフランシスコ・シリコンバレーでの仕事を終え、同行者と別れてロサンゼルスへ。別に目的などはなく何となくロスを訪ねたのだが、唯一興味があったのが「イーグルス」の「ホテル カルフオルニア」のレコードジャケットに写っているホテルを眺めてみたいということだけ。日系人ガイドを雇って案内を頼むと、本職は「ロスで作られた映画の撮影現場を観光客に案内する」ことという、日本にはない仕事しておられた。イーグルスを堪能したあと、それではとリクエストしたのが「スピード」。終盤に爆弾魔がビルの上階で道路に面したゴミ箱を双眼鏡で見ながら、ゴミ箱の下は穴が掘ってあったなどという場所。映画を観ているので細かい説明は不要なのだが、一生懸命に説明をしてくれた。

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姫路市の「書寫山円教寺」です。トム・クルーズ主演の「ザ・ラスト・サムライ」の撮影舞台でした。朝鮮通信使が立ち寄った場所とされる岡山県の「牛窓」を見学した帰路、途上にあった円教寺に足を運んでみたものです。


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[ちゅらさん 小浜島での宣伝ポスター]
朝ドラにも縁があり、「小浜島」を訪ねたときは「ちゅらさん」の撮影時で、「シュガーロード」という単語は今も忘れない。

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[尾道 ロープウェイ]
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また、尾道を訪問したときは「てっぱん」の撮影時であった。
小生は、旅行とともにもう一つ何か別のことが重なると記憶に残るのだが、ただ行って帰ってくるだけではすぐに忘れてしまうという特技があるのだ。

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